ベーチェット病
ベーチェット(Behcet's disease; BD)病は、多臓器侵襲性の難治性炎症性疾患です。
本症は世界的な分布では中東の地中海沿岸諸国からシルクロードに沿った帯状の地域に偏っており、本邦では北高南低の分布を示します。原因不明の本症では失明率の高いことや、20歳代後半から40歳代にかけての働き盛りに発病が多いこと、後述するような腸管型・血管型・神経型などの特殊型BDの死亡が少なからずみられることから、難病特定疾患に指定されています。
疫学
BDに関する疫学調査が1972年から開始されて以来30年間増加(2003年には約20000人)していましたが、2008年には17,346人となり現在やや減少傾向になっています。また、最近のBD発症患者の特徴は、1)発病平均年齢の上昇、2)完全型の減少(29%)と不全型の増加(55.4%)、3)軽症型の女性患者の増加、です。臨床症状
下記のような主症状の急性炎症性発作を繰り返すことが特徴です。1) 口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍(口腔粘膜・頬粘膜・舌・歯肉などに、境界明瞭な有痛性の円形潰瘍が再発を繰り返します。ほぼ必発であり、しかも初発症状のことが多いです。)
2) 皮膚症状(にきび様皮疹、結節性紅斑様皮疹、皮下の血栓性静脈炎、針反応などの皮膚の過敏性被刺激反応などを繰り返します。また、剃刀負けなどが生じやすく、採血などの静脈穿刺により皮下の血栓性静脈炎が誘発されることもあります。)
3) 眼症状(前眼部の虹彩毛様体炎にとどまるタイプと、後部の網膜ぶどう膜炎を合併するタイプに大別されます。両眼性に侵されることが多く、症状は発作性に生じ、結膜充血・眼痛・視力低下・視野障害などをきたします。再発性前房蓄膿性虹彩炎はBDに特徴的な所見ですが、必ずしも特異的ではありません。網膜ぶどう膜炎は視力予後に直接左右し、治療の面で重要です。特に若年発症の男性やHLA- B51陽性者で重篤化しやすいとされています。)
4) 外陰部潰瘍(有痛性の境界鮮明なアフタ性潰瘍で、男性では陰嚢・陰茎、女性では大小陰唇に好発します。口腔粘膜のアフタ性潰瘍に類似しますが、口腔粘膜症状ほどの反復性は少なく、瘢痕を残すこともあります。女性の場合は性周期に一致して増悪することがあります。)
副症状:下記のような副症状がありますが、出現頻度は関節炎以外には多くないものの、特に腸管型・血管型・神経型ベーチェット病は生命に脅威をもたらしうる警戒すべきものであり、特殊病型に分類されています。
a) 関節炎
四肢の大関節に腫脹・疼痛・発赤が出現することが多く、関節リウマチのように手指の小関節病変は稀で、変形や硬直を認めることもありません。
b) 副睾丸炎
一過性、再発性の睾丸部の腫脹、圧痛があります。出現頻度は6%程度と高くありませんが、BDに特異性の高い症状です。
c) 消化器病変
食道から直腸に至るまで消化管のどこにでも打ち抜き型の多発性潰瘍病変が生じますが、好発部位は回盲部末端です。腹痛・下血・下痢などが主症状ですが、腸管穿孔・腸管出血など緊急の外科的対応を要することもあります。
d) 血管病変
静脈系・動脈系のいずれにも病変が生じます。静脈病変としては、深部静脈血栓よる還流障害の症状が主体で、上大静脈症候群やBudd-Chiari症候群をきたすこともあります。動脈病変としては、大動脈をはじめ中型から大型の動脈に血栓性閉塞や動脈瘤を形成します。また、肺循環系にも病変は出現し、肺動脈瘤は致命的な喀血の原因となります。
e) 中枢神経病変
BDの症状の中で最も遅発性で男性に多いです。急性型(髄膜炎、脳幹脳炎など)と、慢性進行型(片麻痺、小脳症状、錐体路症状などの神経症状と認知症などの精神症状を併発する)に大別されます。また、急性型で発症して慢性型へ移行する場合もあります。MRIでは脳幹部・大脳皮質などに病変を認め、髄液所見では細胞増多・蛋白増加を認めます。一般に神経症状は遅発性とされていますが、最近増加しているシクロスポリン治療に伴う急性型は、比較的発症早期にも出現します。慢性進行型は治療反応性に乏しく、若年で認知症や性格変化をきたし、社会的に問題になることもあります。なお、本邦では静脈洞血栓症による神経病変は少ないです。
病因
未だ真の病因は不明ですが、病態形成の機序が明らかになりつつあります。BDではHLA- B51の陽性率が高く、日本人のHLA-B51保有者でもBDに罹患する相対危険率は7.9と極めて高いです。また、HLAーB51以外にもHLA-A26やMICAなどいくつかの遺伝子多型と疾患の関連が報告されているため、発病にHLAーB51そのもの、あるいはこれに連鎖する遺伝素因の役割が重視されています。こうした遺伝素因に病原微生物をはじめとした外因子が関与して、自己免疫異常や好中球機能過剰をはじめとした自然免疫系の異常を引き起こし、発症に至ると考えられています。特に、BD患者では口腔内に存在するStreptococcus sanguinisを含む連鎖球菌群に対して過敏反応を呈するため、病因の一つとして考えられています。一方、細菌由来熱ショック蛋白(heat shock protein;HSP)-60ならびに交差反応性を示す自己由来HSPが自己抗原となり、自己免疫応答を誘導して、抗原特異的Th1型リンパ球の働きによりBDが発生すると想定されています。さらに最近、痛風や家族性地中海熱に代表される自己炎症性疾患との臨床的類似性から、病原微生物などがリンパ球の関与無しに直接的に好中球やマクロファージなどの自然免疫系を刺激する自己炎症のメカニズムがBDの病態形成により重要ではないかとする考えも提唱されています。また自己免疫的な側面についても新しいサブセットであるTh17型細胞の役割などが検討されています。
治療
治療対象になる病態の重症度及び後遺症を残す可能性の有無により、治療の優先順位を決めて治療法を選択します。一般に皮膚症状など軽度の病態や寛解期にはコルヒチンなどを用いますが、生命に影響を及ぼす臓器病変(副症状にみられるもの)や重篤な眼病変などでは、高用量のステロイドや免疫抑制剤を含む強力な治療を行います。一度臓器病変を起こした場合や特殊型BDの場合は、寛解後も少量ステロイド内服で維持することが多いです。難治性網膜ぶどう膜炎に対しては、抗ヒトTNFαモノクローナル抗体製剤(インフリキシマブ)を使用することもあります。各病変別治療
(1)眼症状:虹彩毛様体など前眼部に病変がとどまる場合は、発作時に副腎皮質ステロイド点眼薬と虹彩癒着防止のため散瞳薬を用います。視力予後に直接関わる網膜脈絡膜炎では、急性眼底発作時にステロイドのテノン嚢下注射あるいは全身投与で対処するのに加えて、積極的な発作予防も必要であり、コルヒチン0.5-1.5mgを第一選択薬で使用します。難治例にはシクロスポリン 5mg/kg程度より開始し、トラフ値は150ng/mlを目安に調整します。2007年よりインフリキシマブが難治性眼病変に対して保険適用となり、投与スケジュールは0, 2, 6週に 5mg/kg投与し、以後8週間隔とするのが一般的です。諸外国ではアザチオプリンが繁用されますが、本邦では上記薬剤の副作用出現時など用途は限られます。(2)皮膚粘膜症状:口腔内アフタ性潰瘍、陰部潰瘍にはステロイド軟膏を局所塗布します。また、コルヒチン、セファランチン、エイコサペンタエン酸などの内服が効果を示すこともあります。特に、結節性紅斑についてはコルヒチンの有用性が証明されています。口腔内、病変局所の清潔を維持することも重要です。
(3)関節炎:コルヒチンが有効とされ、対症的には消炎鎮痛薬も使用します。無効の場合にはステロイド内服(プレドニゾロン10mg程度まで)を用いることもありますが、使用は短期間に限定します。
(4)血管病変:ステロイド(0.5-1.0mg/kg)とアザチオプリン(50-100mg)、シクロフォスファミド(50-100mg)、シクロスポリンA(5mg/kg)などの免疫抑制薬の併用を主体とします。また、本邦では深部静脈血栓症をはじめ血管病変に対しては抗凝固療法を併用することが多いですが、諸外国では肺出血のリスクを上げるとして、これに異論もあります。動脈瘤破裂による出血は緊急手術の適応ですが、血管の手術後に縫合部の仮性動脈瘤の形成などの病変再発率が高く、可能な限り保存的に対処すべきとの意見もあります。手術した場合には、術後再発の防止のための免疫抑制療法を十分に行う必要があります。
(5)腸管病変:ステロイド(0.5-1.0mg/kg)、スルファサラジン (1500~2000mg)、メサラジン(1500~2500mg)、アザチオプリン50-100mg)などを使用します。ステロイド内服は状態をみながら漸減してできれば中止とし、長期投与は避けるのが原則です。しかし、実際には難治性でステロイドの離脱に苦慮することも少なくありません。最近では、TNF阻害薬の有効性が報告され、その効果に期待が持たれています(保険適応外)。消化管出血・穿孔は手術をしますが、再発率も高く、術後の免疫抑制療法も重要です。
(6)中枢神経病変:脳幹脳炎・髄膜炎などの急性期の炎症にはステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン 1,000mg x 3日間)を含む大量のステロイド内服(1mg/kg)が使用され、アザチオプリン(50-100mg)、メソトレキサート(10-15mg/wk)、シクロホスファミド点滴静脈注療法(500mg/m2/month)などの併用が試みられます。急性型は比較的ステロイド治療に反応して改善することが多いですが、一部は急性発作を繰り返しながら、慢性進行型に移行すします。一方、精神症状・人格変化などが主体とした慢性進行型に有効な治療手段は乏しい。メソトレキサート週1回投与(10-15mg/wk)の有効性が報告され、また、治療抵抗例にはTNF阻害薬も試みられています(保険適応外)。眼病変に使われるシクロスポリンは禁忌とされ、神経症状の出現をみたら中止して他の治療薬に変更すべきです。
生活指導
バランスのとれた食事摂取と全身の休養と保温に注意を払い、ストレスを回避します。口腔内の衛生・齲歯・歯肉炎の治療も重要です。また、神経症状と喫煙の関連も指摘されているので、禁煙しましょう。予後
眼症状や特殊病型がない場合は、慢性的に繰り返し症状が出現するものの、一般に予後は悪くありません。10年くらいたつと病気の勢いは下り坂となり、20年くらいをこえるとほぼ再燃しないと言われています。眼症状のある場合で特に眼底型の網膜ぶどう膜炎の視力予後は悪く、以前は眼症状発現後2年で視力0.1以下になる率は約40%とされていましたが、シクロスポリン治療が導入されてからは20%程度にまで改善しました。インフリキシマブの登場により、未だ長期成績は示されていないものの、さらに大きな改善が期待されています。中枢神経病変・血管病変・腸管病変等の特殊型ベーチェット病はいろいろな後遺症を残すことがあり、これらの病型に対する治療を確立することが重要な課題です。尚、BDは難病特定疾患ですので、医療費助成の制度があり、「特定疾患医療受給者証」の交付を受けると治療にかかった費用の一部が助成されます。
執筆:2010.3