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高血圧症

我々祖先の遺伝子と高血圧症の関係

其1

高血圧症は脳や心血管疾患の主要原因である動脈硬化症の最大の危険因子であることは周知の通りです。約9割が原因不明の本態性高血圧症であり、その成因には遺伝的因子が30-50%程度関与し、その内の1/4には8-16個前後の遺伝子が関与していると考えられています。 本態性高血圧症の基本的病態であるNaと水の体内貯留傾向と血管収縮の亢進について、興味深い仮説があるので紹介します。

其2

人類の祖先はアフリカが起源と考えられていますが、その高温の環境にまず適応する必要があったと推察できます。高温下では体温調節のために多量の発汗が必要不可欠であり、これにより塩分や水分が不足しやすくなるため、これらの補給が必須になります。塩分摂取が容易に出来れば問題ないですが、恒常的に塩分不足の環境下では腎臓でのNaの保持能力の向上が必要になります。一方、昼間では酷暑の為に脱水傾向となるため、臓器への血流維持の為に効率的な血管収縮が必要になります。以上のような苛酷なアフリカの環境下では、腎臓でNaを保持し、心血管系の収縮を増大させる遺伝子型が生存に有利に働くようになったのではないかとする説です。

其3

例えば、本態性高血圧症の候補遺伝子として有力視されている一つであるアンギオテンシノーゲン(AGT)遺伝子多型235T型があります。AGTはレニンを基質として作用し、アンギオテンシンIが産生され、更にアンギオテンシン変換酵素によりアンギオテンシンIIとなり、血管収縮や尿細管への直接作用やアルドステロン産生を介し、Na貯留の方向に作用します。AGT遺伝子はヒトでは第1染色体にあり、その第2エクソンに704thymine⇔ cytosineの多型が存在します。即ちアミノ酸レベルではAGTの235番目のアミノ酸がメチオニン(M) ⇔スレオニン(T)型です。このうち、235T型を有するヒトは血中AGT濃度が高値であり、本態性高血圧症が多いと報告されています。

其4

約20万年前から出現したホモサピエンスの歴史の中で、その70-80%以上の期間を過ごしていたアフリカの高温・塩分不足の環境下では、この235T型を持つヒトの祖先は生存に有利に作用してきたと考えられます。その後、約5-10万年前頃に235T型の祖先がアフリカから移動し始め、北方の低温の環境下に適応するために新たな多型235M型が生じたと考えられています。実際、235T型は黒人に多く(約90%)、235M型は白人に多く(約70%)、日本人は235T型が約70%を有すると報告されています。このことを裏づけるように、高い緯度に住む人種ほど変異型の235M型が増加し、レニン・アンギオテンシン系の活性は235T型のヒトに比べ低下している可能性が示唆されています。

其5

つまり、高温と塩分不足の環境下に適した235T型の祖先がアフリカから移動して、北方の低温の環境下あるいは塩分を過剰摂取しやすい文明圏で定住しはじめると、235T型を持つヒトは血圧上昇傾向になり、動脈硬化になりやすい傾向に至り、生存に不利に働いていったと思われます。一方、レニン・アンギオテンシン系の活性が相対的に低い235M型を持つヒトは、上記のような高血圧も少なく、生存上有利になったと考えられます。

其6

上記のように、緯度が高く気温も低く血圧が上昇しやすい環境では、235T型が減少して235M型が多くなっていることが証明されていますが、この他にもGNB3(G protein β3 subunit)C825TやCYP(cytochrome P450)3A5を使った解析でも同様の結果が導かれています。
現在の高血圧の増加は、以上のような高血圧感受性遺伝因子に加えて、食塩過剰摂取や肥満などの現代社会に特有な危険因子の増加が相互作用を生じた結果と言えるのかもしれません。
単純明快な高血圧の確実な治療法は、少なくとも減塩食の遵守が必要なことは明らかで、個人や家族は勿論ですが、社会全体も協力して日常から減塩を配慮した食生活にするべきだと考えられます。