mTORが老化に関与している?

現在の老化の原因として有力な説の一つが、活性酸素(酸化ストレス;以下ROSと略す)説です。強い酸化作用があるフリーラジカル・活性酸素が、脂質や蛋白質や遺伝子などと反応して酸化傷害を与え、その傷害が積み重なって徐々に機能が低下して老化が進行するという説です。加えて、ROSに対抗して細胞に生来備わっている抗酸化酵素(SOD、カタラーゼ、ペルオキシダーゼなど)が加齢と共に徐々に機能低下したり減少して、ROSに対処できなくなって細胞機能に障害を生じてくると考えられています。

しかし、ROSによる細胞分子損傷による老化説に合致するデータもありますが、それと同じ程度の否定的なデータも多数あるのも事実なのです。また、このROS理論は自己矛盾が多く、その矛盾を解消するための補足説明あるいは理論が必要になってくるため、ROSによる老化説に疑問を呈する科学者も少なからずいます。
今回紹介する説(Blagosklonny MV)は、老化の進行はROSによるものではなく、mTORシグナル伝達(mTOR-pathway)を介した異常から生じると論じています。著者の理論が完全には理解できていませんが、刺激的な内容の一部を下記に認めてみましたので、ご拝読下さい。

まず、種々の抗酸化物質(トコフェロール、βカロチン、ビタミンC&E、レチノール、セレニウム、葉酸)の大規模臨床研究で、一つとして抗酸化物質が老化関連疾患や死亡率を減少させていないことや、老化関連疾患の一つである加齢黄班変性症の予防における抗酸化物質(ビタミンA&C&E,亜鉛、ルテイン、ゼアキサンチン、α&βカロテン、βクリプトキサンチン、リコペン)効果はほとんど無い事が既に証明されている。即ち、抗酸化剤が寿命を延長するという証拠はないと指摘しています。

これに対して、mTOR-pathwayを阻害するラパマイシンは、酵母、線虫、ハエ、マウスの寿命を延長する。また、長寿遺伝子はmTOR-pathwayを阻害して、糖尿病薬のメトフォルミンもmTOR-pathwayを阻害して寿命を延長させる。カロリー制限は少なくともmTOR-pathwayの活性を抑制することにより寿命を延長すると考えられる。また、mTOR-pathwayは癌、2型糖尿病、加齢黄班変性症、肥満、動脈硬化、心肥大、動脈瘤、骨粗しょう症、神経変性疾患、アルツハイマー病、パーキンソン病、乾癬、関節炎などの加齢関連疾患に関与していることもわかってきた。上記のような証拠は、ROSによる老化説よりもmTOR-pathwayを阻害することで寿命が延長していることを支持していると著者は主張しています。

さらに、その説の推論によれば、ROSによる細胞分子の損傷が蓄積されてくると、早晩細胞機能が劣化するのは当然だが、その蓄積が老化に影響を与えるまでには相当な長年月がかかる。一方、mTOR-pathwayが関与する加齢関連疾患はそれよりも早く生じるので、これらの加齢に伴う疾患で老化が進行すると考えられる。つまり、生物は細胞分子レベルでのROSによる損傷蓄積による老化で死亡するのではなく、mTOR-pathwayが過剰活性化を続ける加齢関連疾患により死に至ると主張しています。

元来、mTOR-pathway はインシュリンや成長因子や富栄養により活性化する。その結果、mTORは遺伝子翻訳を刺激し、リボゾームでの合成が増加して蛋白質合成が促進され、細胞分裂を行って細胞自身も大きく成長し、オートファジーを抑制する。しかし、mTOR-pathwayが過剰に活性化し続けると、細胞を肥大化させ、凝集しやすい蛋白質が蓄積しやすくなり、増殖因子やサイトカインなどの過剰分泌を生じる。このような細胞の過剰機能状態を続けていると、細胞自身も外部からの過剰なサイトカインや増殖因子などに対する反応を低下させて、細胞活動を休止させようとする。つまり、mTOR-pathwayの過活動化が悪循環を助長して二次的に細胞機能不全や器官不全を生じて加齢関連疾患を加速すると断じています。

さて、ROSとmTOR-pathwayとの関連性はあるのでしょうか?
実際、成長因子や紫外線などが過酸化水素を誘導してROSが産生され、ROSはmTOR-pathwayを介して成長因子を誘導してシグナル伝達を行う。また、ROSは栄養感受性のメッセンジャーとしても機能している。また、mTOR-pathwayもROSの産生を増加させて、細胞シグナル伝達に関与している。このようにROSとmTOR-pathwayの相互作用があるので、ある条件下ではROSの産生がTOR回路を活性化させて寿命を短縮させることが説明できる。しかし、ROSがTOR活性化の主要な因子ではないし、mTOR-pathwayがROS産生を誘導して老化を進行させているわけではないと強調しています。

結論として、この説は下記の記述に要約されています。
有酸素環境下の生物はROSによる損傷を阻害する機構を具備しているので、簡単には寿命を縮めることはない。これに対してmTOR-pathway は生命誕生初期や成長には必須の回路であり、これが無いと致死的になる。自然淘汰の力が加齢と共に弱くなってくると、自然はmTOR-pathwayのスイッチをOFFにすることに無頓着になる。換言すれば、生命発生途中から成長期にかけて必須なmTOR-pathwayも、成熟期以降にその回路が目的の無い継続を続けて細胞にとって有害になってきても、効果的にその回路を回避する手段が無い。それ故に、mTOR-pathwayによる老化関与の方が、ROSによるそれよりも早く影響を及ぼす。
先ずは、TOR活性阻害薬(ラパマイシンやそのアナログ)で、ヒトに対しても加齢関連疾患予防や寿命延長効果があるかどうかを臨床試験してみる価値があるだろう。但し、ラパマイシンを含めた免疫抑制剤は、自分自身の抗癌活性を減弱させ、正常よりも発癌率を10-100倍程度上昇させるので留意するべきである。
もし、TOR活性阻害薬で老化を本当に食い止めることが出来るようであれば、次善の策としてROSに対する抗酸化剤も多少の役には立つかもしれない。

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